事実とストーリー(物語)

【事実と主観】と言い変えてもいいかもしれません。

脳科学の書籍にこんな一文があります。

この情報社会は、人の心が生み出しているものに他ならず、その「心」を生み出しているのは、私たちの身体の一部である、「脳」なのです
(つながる脳科学より引用)

そう、身体に「心」という部位があるわけではないのですよね。

心の反応は脳の反応なのです。

そしてこうも書いてあります。

脳の機能が不具合を起こしたものが「心の病」なのです。人が脳を正しく理解する「脳リテラシー」こそが「心の病」の予防や治癒への鍵になるはずです
(心の病の脳科学より引用)

そして現在の私たちの脳への理解レベルについては、こんな記述があります。

私たちの「心」についての理解は、今も、稲妻を神の怒りと思っていた古代人の自然についての理解とさほど違わないレベルかもしれません
(つながる脳科学より引用)

ああ、本当にそうですね!
心がつらくなっても、「脳が~」なんて考えない。

私たちは無意識に、科学的に分からないことは、それらしいストーリーを自分で作り上げているのかもしれません。

稲妻の事実→湿った空気が上昇気流によって上空に。
      そして、空の中で氷の粒が発生。
      氷粒がぶつかり電荷がたまり、雷が発生。
      静電気がある程度蓄積すると放電。
      雲と地上の間での放電を落雷という。

稲妻のストーリー→神の怒り

これって、事実とストーリーが全く違いませんか?

科学が発達するまでは、「神の怒り説」が真面目に信じられていた。

実は普段の私たちもこれと同じく、たくさんのストーリーを作り上げています
(自分ではストーリーを作っている自覚は無い)

自分の心の反応に対しても、他人の心の反応に対しても。

その自作ストーリーの中に「脳の機能」についての情報は入っているだろうか?

「脳の機能」の観点から考えたことはあるのだろうか?

ほとんどの人が「脳の機能」なんて考えたことは無いのではないでしょうか。

私もそうでした。

「心がつらい状態」に関して、自作のストーリーを作り上げても、そこに事実が無い限り、心穏やかにはならないのです。

それどころか、ストーリーを自作自演して、自分で自分の作り上げた世界にはまり(主演している状態)、抜け出せなくなってしまいます。

心のつらさから抜け出せない時、今までと少し視点を変えて「脳科学」の観点から考えてみてもいいと思います。

「視点を変える」とは、リフレーミングする、ということなので、それだけでも自作ストーリーという幻想から抜け出せる可能性が高いのです。

最後にもう一文
「心の病」を生み出す「脳」に対する正しい理解が必要です
(心の病の脳科学より引用)

今回引用した2冊を紹介します。
1)「心の病」の脳科学  林(高木)朗子・加藤忠史 編  講談社
2)つながる脳科学    理化学研究所 脳科学総合研究センター 編  講談社